大村憲司のギターが聴こえる~ハイレゾ・トーク・セッション~ @ Spincoaster Music Bar

急逝から20年、今尚多くの音楽ファンに愛されるギタリスト、大村憲司。

没後にも数多くの未発表音源が発掘リリースされているが、そんなギタリストは日本では彼だけである。中でも2003年からリリースが始まったライヴ・トラックを集めた名演集、「ベスト・ライヴ・トラックス」のシリーズは大好評のうちに現在第7集までがリリースされている。そしてこのたび、ファンからの多大なリクエストを受け、ハイレゾ・アルバムの配信を開始することになった。

今回配信されるのは、2015年から2017年にかけてリリースされたこのシリーズⅢ~Ⅶまでの5タイトルから、さらに選び抜かれたトラックで構成したヴェリイ・ベスト。
その配信限定ハイレゾ・アルバム『ヴェリイ・ベスト・ライヴ・トラックス』を聴きながら、大村真司(ギタリスト、故・大村憲司の長男)と、野口広之(ギター・マガジン元編集長、大村憲司研究の第一人者)、両氏に思うところを語っていただいた。

interview & text:近藤正義

 


  • 大村憲司 ~ ヴェリィ・ベスト・ライヴ・トラックス
    (PCM 96kHz/24bit)

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  • <収録楽曲>
    1. レフト ハンディッド ウーマン ライヴ バージョン
    2. 男が女を愛する時 ライヴ バージョン
    3. ジョージア オン マイ マインド ライヴ バージョン
    4. リーヴィング ホーム ライヴ バージョン
    5. シャーロット ライヴ バージョン
    6. 春がいっぱい ライヴ バージョン
    7. エヴリデイ アイ ハヴ ザ ブルース ライヴ バージョン
    8. トーキョー ローズ ライヴ バージョン
    9. サマータイム ライヴ バージョン
    10. レディ イン グリーン ライヴ バージョン

    ※楽曲ごとのパーソネル(演奏者情報)は商品ページに記載

大村憲司 参加作品一覧はこちらから

 

  • 大村憲司のギターが聴こえる

    出版元(リットーミュージック)公式サイトへ

  • <書籍情報>
    1998年の逝去以来、その評価がますます高まる大村憲司。大貫妙子、矢野顕子、坂本龍一、細野晴臣、高橋幸宏、山下達郎、加藤和彦、井上陽水など多くのアーティストから篤く信頼され、レコードにライブに数々の名演を残した。死後、オリジナル・アルバムの再発、ベスト・ライヴ・トラックス・シリーズ全7タイトルの発売などリリースも相次ぎ、70年代の音楽シーンの再評価もあいまって、日本が生んだ世界的名手としてその名前はますますクローズアップされている。大村のギタリストとしての功績と魅力を伝える集大成的な一冊。レア音源を収録したCD付き。

 


 

左:大村真司さん、右:野口広之さん
(インタビューの収録は、ハイレゾ音源とアナログレコードが楽しめる東京・代々木のバー「Spincoaster Music Bar」にて行われた)

 

ハイレゾで聴く大村憲司の演奏

野口広之(以下、野口) ライヴ感がすごい。まるで目の前で演奏しているかのような聴感です。倍音がすごく聴こえるので、目の前でギター・アンプから出てきた音みたいですね。まさにハイレゾならではのサウンドではないでしょうか。

大村真司(以下、真司) これでキックの音圧とかがあれば、もうライヴ会場のサウンドそのままですね。ハイレゾはリアル過ぎるので、録音されるプレイヤーとしてはそれが恐ろしいところですが……(笑)

野口 しかも、発表を前提としないで録音された音源(笑)。それが、このように鑑賞に耐えうるというのが凄いことだと思います。

真司 そうですね。それにこのダイナミクスは本来、生のステージでしか体験できないモノですよ。CDの平面的な世界ではありえない音像ですよね。それをこうやって部屋の中で好きな時に体験できる。逆に言えば、オヤジの演奏はこのくらいの再生環境でこそ真価を発揮するのでしょうね。

(アルバム冒頭、1曲目の「レフト ハンディッド ウーマン」、2曲目の「男が女を愛する時」を試聴)

野口 1989年12月30日、そして29日、神戸チキンジョージの演奏ですね。チキンジョージでの音源には良い演奏が多い。やっぱりここでの演奏は、他とは違うと思います?

真司 リラックス感があります。より自由な、のびのびした演奏なんです。

野口 お客さんも地元の人が多いのでは?

真司 そうですね、関西のオーディエンスなので、威勢のいいヤジが飛び交うんです。オヤジの友人には不良も多かったし、酔っ払ったら面白いんですよ。会場が全体で演奏を楽しんでる感じかな。

野口 89年のメンバーの演奏も素晴らしい。高水健司さんのベース、続木徹さん、重実徹さんのキーボード、そして特にポンタさん(村上“ポンタ”秀一)のドラム。

真司 やっぱりケンポン・バンドは最強ですよ。

(インタビュアー)それにしても音色、音質、バランス、全てが素晴らしいですね。マスタリングはビクター・スタジオですが、ミックスはライヴハウスの卓の設定そのまま。つまりその場における即興の設定であり、卓を調整した人の腕前もすごいということで。

野口 これだけの音質で仕上がっているのは、元の音源もハイ・クオリティだからでしょうか?

真司 そういうことです。元の音が悪ければ、良くしようがないですからね。演奏力も大切だけど、出音の質も大事です。

野口 そもそも、これだけたくさんの音源が残っていたことが驚きです。

真司 まあ、リハも本番も後から聴くために録っておくことが多いんですが、所詮そのためのモノであって、まさかそれらがこんな風にシリーズ化されてリリースされるとは、オヤジも思っていなかったでしょうね(笑)

野口 それにこのシリーズには同じ曲が何度か出てきたりしますが、それぞれのバージョンに違った良さがある。演奏が全然違いますからね。

真司 今の音楽シーンはライヴでもCDのバージョンに忠実に演奏する時代ですが、昔はその場その場でコード、リズム、メロディを変えたりする自由があったから、バージョンによって違って聞こえるんですよね。こういうやり方は、僕より下の世代の音楽ファンにとって、きっと新鮮だと思いますよ。

野口 このベスト・アルバムは約30年前から20年前にかけての演奏ですね。この10年間の3タイプのバンドが収録してある。ポンタさんはずっとレギュラーだけど(笑)

真司 もはや、クラシック・ライヴの域に入るのではないでしょうか?

野口 20年経って伝説になっちゃいましたね。

真司 それが回り回って、逆に新しい(笑)

(アルバムはクライマックスに突入。「トーキョー ローズ」「サマータイム」「レディ イン グリーン」を試聴)

野口 この3曲は1997年の4月ですね。「トーキョー ローズ」が12日の神戸チキンジョージ、「サマータイム」と「レディ イン グリーン」が26日の六本木ピットイン。

真司 97年のメンバーは青木さんのベースに小林さんのキーボード、そしてポンタさん。さっきの「レフト ハンディッド ウーマン」、「男が女を愛する時」を演奏してたときから8年経っていて、同じ神戸チキンジョージでもお店が震災で建て替わったりして……。だから音の感触も変化したのが分かります。

野口 「トーキョー ローズ」は憲司さんのオリジナル曲ですね。書かれたのが晩年だったということもあって、残っているテイクはこれを含めて2つしかないという、貴重なテイクなんです。そして次の「サマータイム」。このスタンダードをこのアレンジで演るとは、渋い!

真司 ホント、このアレンジはカッコいいですね。これは生演奏で聴きたかった。いや、それよりも一緒に弾きたいですよ。そうですね……、もし今、僕がこの曲を演るなら、アレンジを変えないでこのままカバーします(笑)

野口 「レディ イン グリーン」は憲司さんのお母さんに捧げられたんですよね。

真司 そうです。つまり僕の祖母にあたります。オヤジは婆ちゃんをよく温泉に連れて行ってましたからね。実際、親父の曲は家族ネタが多かったですよ(笑)。1曲目の「レフト ハンディッド ウーマン」は僕の母のことですし……。

野口 これがオリジナル曲だとは、凄い。メロディの完成度が高いんですね。日本人的な感覚じゃない。

真司 これ聴かせてスタンダード曲のカバーだって言ったら、たいていの人は信じちゃいますよ。

野口 全10曲中、オリジナルが5曲にカバーが5曲。聴き終えての感想は、まさにベリー・ベストな選曲だと思いました。

真司 アルバム作品として、曲順の流れもしっかりとある。これは是非、僕より若い人たちに聴いて欲しいですね。

 

大村憲司の機材について

真司 今日は70年代にオヤジがメインに使っていた、1957年製のフェンダー・テレキャスターを持ってきています。

 

大村憲司さんの愛機、57年製フェンダー・テレキャスター

 

ちなみに先ほど聴いた演奏の時期、つまり1989年以降はフェンダーのストラトキャスターがメインでした。レースセンサー・ピックアップのエリック・クラプトン・モデルですね。

野口 そのギターは今、真司さんが弾いてみて、どんな感じですか?

真司 良くも悪くもオヤジのギターだなと思います。僕がオヤジのギターを使わない理由はオヤジに対するリスペクトもありますが、誰が使ってもいいという代物ではなく、結局オヤジが弾かなきゃ良い音は出ないんですよ。それに、僕が使うとなれば自分の仕様に色々と手を加えなくてはならない。そうすると、もうオヤジのギターではなくなってしまいますからね。

 

父・憲司さんの愛機を試奏する大村真司さん。

 

野口 憲司さんは自宅でも、よくギターをいじっていたんですか?

真司 部屋にいるときは、ほぼいつもギターをいじってましたね。自分で調整できないところはリペアの松下さんにお任せしながら、メンテナンスは二人三脚でやっていたようです。まあ、ギターいじってても、いじってなくても僕に対しては「おまえはあっち行ってろ」みたいな感じのオヤジでしたけどね(笑)

野口 ジェフ・ベックがいつも車をいじってた、みたいな感じですね。

真司 そうですね。趣味はギター、仕事もギター(笑)。ずっとギターのことばかり考えていたんじゃないですか? 唯一違うことをやっていたのは、プラモデルで軍艦を作っていた時くらい(笑)。家ではギターいじってるか、酒飲んでるか、どちらか。だから、遊んでるイメージがない。

野口 お父さんからギターを教わったことは?

真司 一切、なかったですね。母から聞くところによれば、僕がまだ小さい頃、小さいギターを買ってきて教えようとしたことが一度だけあったそうです。でも、30分くらいで投げ出したみたいで、それっきり(笑)

野口 エフェクターはあの少し大きめなボードに配置されたヤツですね。誰でもどこでも買えるようなエフェクターばかりで驚きです。

真司 結構、スタンダードな機種ばかり使ってますね。改造はやってないと思います。シールドもベルデンだし、それぞれのエフェクターもどこの楽器屋でも買えるような凡庸なモノばかり。しかも直列つなぎだし、マルチエフェクターやスイッチャー全盛の今の時代には信じられないですよね。でも、長年にわたっていろんな機種の組み合わせを試しながら最終的に行き着いたのがこのセットなのでしょうね。

野口 空間系のエフェクトの掛かりが綺麗で、印象的でしたね。

真司 最終的なこのセットにおいて敢えてこだわりを挙げるなら、ラックに入った2台のディレイですね。ローランドのSDE-2000という90年代に活躍した名機。それぞれディレイ・タイムをショートとロングにセットしてあって、ほぼいつもどちらかがONになっていました。これであの水の中にいるようなサウンドを作っていたんです。コーラス・エフェクトも綺麗に掛かっていますが、でもBOSSの普通のコンパクト・タイプなんです。MXRのフェイズ90もいろんなモディファイ・バージョンが売られていますが、これはノーマルな市販品。このボードはうちにそのまま置いてありますから、ギターをつないで音を出してみたこともあります。でもCDで聴いた同じサウンドにはならない。やはりあれはオヤジにしか出せない音なんです。

野口 憲司さんにしか出せない音になっていたのは、やはり手元のテクニックによる部分が大きいのでしょうね。

真司 特にオヤジの凄かったところはピッキングです。ミディアムの比較的柔らかいピックを使って、意外とソフトなタッチで弾くんですよ。ボリュームの加減、ピッキングの強弱、チョーキングのタイミングなどが音をキメている。そんな風にギターやアンプ、エフェクト機材を操っていました。こういうスタンダードなエフェクト機材だったからこそ、逆にギター本体の個性がよく表れていたんじゃないでしょうか。

 

今こそ大村憲司のギターが現在のシーンに語りかける

野口 同じプロのギタリストとして、憲司さんみたいな音を出したいと思いますか?

真司 もちろん、そう思います。ただ、昔と今じゃニュアンスが違いますけどね。

僕がギタリストの仕事を始めた頃は、どこへ行ってもオヤジを知っている人がいて、どうしてもオヤジと比べられてしまいますから、結局親父みたいな音を要求されることが多かったんです。だから期待に応えるべく、フェンダーのアンプとストラトで弾いていました。その後は、やはり自分のサウンドで弾こうと考え始めて、意識的にオヤジのサウンドから遠ざかったりしましたけどね。でも、回り回って今では余裕を持って考えられるようになりました。今こそ、オヤジの音をもっと研究したいと思います。もし大村憲司が自分のオヤジじゃなくても、偶然聴いたら興味を持つでしょうからね。逆に、今では若いギター・ファンが僕をきっかけにオヤジのことを知ってくれたりして、面白いんですよ。その子の親がオヤジのファンだったりするわけです。そうすると親子2代で僕のライヴに来てくださったりする。だから、オヤジの演奏の素晴らしさをもっと後の世代に伝えていくのも、息子である僕の役割ではないかと思っています。

野口 真司さんから見て、憲司さんのギターで好きなところは?

真司 そうですね、好きなところはロック魂が感じられるところです。器用だからインテリっぽい音も出しますけど、基本はウイスキーのグラスを片手に弾いているような感じでしょ(笑)。

野口 B.B.キング、エリック・クラプトン、コーネル・デュプリー、そんな憲司さんのルーツがしっかりと消化されていて、それが大村憲司スタイルというオリジナリティに結びついている。上手い人はたくさんいるけど、こういう感想を持てるギタリストは本当に少ないですよ。

真司 このアルバム10曲はギターを弾く人にとっては教科書みたいなモノだと思います。全部コピーしたら、相当上手くなるはず。弾きまくってるところだけじゃなく、ブレスのつき方、フレーズのタメとか、力の抜き方を感じ取ってほしい。今の若い子たちにとってのコピーとは展開が難しいフレーズや曲をその通りに弾くことになっています。でも、同じように弾けたつもりでも、じつは弾けてはいないことに気づくのは大事なこと。それに気づくきっかけになるんじゃないでしょうか? 本当に上手いとは、どういうことか? それがよく分かるアルバムだと思います。

野口 「上手い」という表現とはまた違う次元の話として、とてつもなくセンスがいいんですよ。

真司 多感な時期にアメリカに行っていろんなライヴを見たり、セッションしたりしながら、テクニックと一緒にセンスも磨いたのでしょうね。

野口 二度と現れないような不世出のギタリストでしたね。このシリーズ、ベスト・ライヴ・トラックスは大村憲司の演奏を後世に伝えるための良きカタログですが、欲を言えば映像作品が欲しいです。

真司 じつは、ここにも収録されている30日のチキンジョージの映像が残ってるんですよ。色々とクリアしなければならない問題もありますが……。

野口 それは素晴らしい! いつか発表される日を楽しみにしていますよ。昨年、憲司さんの仕事を集大成した書籍『大村憲司のギターが聴こえる』を作ったんですが、今回のアルバム10曲の譜面集なんていうのもいいですね。

真司 それ、あるといいですね!(笑)。オヤジの演奏を味わい尽くすための良いガイドになるでしょうね。さらに、例えば好きなギタリストがいて、その人のルーツを自分で研究したり、録音された時期の背景を調べてみるとか、表面的なテクニックだけではなくてハートや経験からくるテイストを感じ取ることも忘れないでほしい。そういう風に内面を突き詰める聴き方は今ではマイノリティなのかもしれませんが、オヤジの音源を通してそういう聴き方、ギターの弾き方を伝えていきたいですね。

 

大村真司さん、野口広之さん、ありがとうございました!

 


 

大村憲司

1949年5月5日、兵庫県出身。
71年に赤い鳥の『スタジオ・ライブ』に参加したことがプロ活動のスタート。
73年から本格的にスタジオ・ワークを開始し、生涯を通じて厖大な数のレコーディングやライブに参加している。
80年には高橋幸宏の誘いでYMOのワールド・ツアーに帯同。
当時のライブは頻繁にテレビ中継されたが、ストラトキャスターで朗々と泣きのギター・ソロを弾く「MAPS」は衝撃的で、大村憲司の名を全国区にした。
ソロ・アルバムは4枚発表。中でもハービー・メイスンのプロデュースによりLAでレコーディングされた『KENJI SHOCK』 (78年)と自らのプロデュースによる『春がいっぱい』(81年)は傑作として名高い。
80年代以降はプロデュースやアレンジの仕事も多くなり、大江千里、井上陽水、大貫妙子、EPO、柳ジョージなど多くのアーティストを手がけている。
1998年11月18日逝去。

大村憲司 公式HP: http://stepsllc1218.com/kenji-omura/blt/index.html

大村憲司 参加作品一覧はこちらから

 

大村真司

1981年11月19日、兵庫県出身。
2000年に行われた大村憲司氏のトリビュート・ライヴでギタリストデビュー。
これまで安室奈美恵、土屋アンナ、OLDCODEXなど様々なアーティストのレコーディング、ライヴ・サポートなどを務め、自己のバンドMIDNIGHTSUNSではドラマーに沼澤尚を迎え活躍する。
同バンド活動休止後も精力的に活動し、2017年には映画「キセキ」に出演するなど、現在ではさまざまなフィールドで活躍している。
なお、大村真司の活動が全て手に入る次世代アプリ「SHINJIZM」も大好評。

 

野口広之

1963年、山梨県出身。
1986年にリットーミュージック入社。1998年から2014年までギター・マガジン編集長。現在はギター・マガジン書籍編集部編集長。
2017年に書籍『大村憲司のギターが聴こえる』を出版した。